Spa LaQua 開発秘話

東京ドームシティ Spa LaQua

〈月刊レジャー産業資料 2003年5月号〉 掲載記事

東京ドームシティ Spa LaQua は
こうして生み出された!

東京ドームシティ再開発プロジェクトチーム 吉川昭二

■働く女性層に高まるリラクセーションニーズの背景

 近年、働く女性層を中心にリラクセーションに対するニーズが高まっているのは周知のとおりである。男女雇用機会均等法の成立などによって女性の社会進出が進んで、男性と同様のストレスにさらされるようになったことが、その背景要因として指摘できる。
 バブル崩壊後、経済情勢が厳しさを増すなかで、苦闘する男性サラリーマンと同様の環境に、女性もまた置かれている。
 女性の社会進出に伴い、相応の責任が求められる一方で、「女は可愛らしくあるべし」という男社会ならではの価値観も依然根強く存在しており、彼女たちには二重の意味で大きなストレスが覆い被さっている。
 いま女性がリラクセーションを求める動きには、そうした時代の構造や気分が反映されていると思われる。

 筆者は、この 5月1日に『東京の真ん中でリフレッシュを楽しむ』を基本コンセプトに、スパ、ショップ&レストラン、アトラクションの三つのゾーンが融合する商業施設として東京ドームシティにオープンする「LaQua(ラクーア)」のスパゾーンのプランニングに携わった。
 前述した時代背景をもとに、働く大人の女性を新しいリラクセーションビジネスにどう取り込むかということに腐心した。
 以下、東京ドームシティ再開発プロジェクトチームが、女性のニーズをどう施設づくりに反映させていったのか、そのポイントをあげてみる。

 東京ドームシティの顧客対象は、これまで男性客が中心であった。しかし、今後の展開を考えると、女性客を取り込む営業形態の構築が大きな課題となっていた。そこで遊園地を含む東京ドームシティの再開発にあたって、新しい客層、特に若い女性層に訴求するために何が必要かという観点から市場調査を行ない、検討が重ねられた。

 昨今、再開発というと物販や飲食、シネコンという話になりがちである。再開発プロジェクトチームが行った調査結果も、ショップ等に関するニーズなどはおおむね予想していたとおりであったが、一方で「温泉」を求める声もまた、少なくはなかった。
 もともとチーム内には、事業化構想の選択肢の一つとして温浴施設を検討してきていたこともあり、そうした結果から、いま女性たちは日ごろの疲れを癒す施設を求めているとの確信を深め、若い女性をイメージターゲットにした都市型スパ施設「~東京ドーム天然温泉 ~Spa LaQua(スパ ラクーア)」の開発・導入が決められていった。

■顧客セグメントは年齢ではなくマインドで

 ラクーアビルの5~9階に展開するSpa Laquaは、地下1,700mから湧出する天然温泉を使用した「スパゾーン」をはじめ、トリートメント&ビューティ、飲食、ヒーリングバーデの5つのゾーンで構成される。

 従来の温浴施設はどちらかというと全方位的なターゲット設定をしていたが、今回の開発では女性層、なかでもF1世代の女性を取り込みたいという狙いから、従来型の温浴施設にはないものを導入し訴求することが基本的な考え方になった。ただし、イメージターゲットとしては 25~35 歳の女性だが、実際に利用するのは他の温浴施設同様もっと幅広い層になるものと想定している。

 これまでのマーケティングではターゲットを年齢で区切るということがよく行われてき た。しかし、20歳代と40歳代では実年齢で20歳程度の開きがあっても、今日ではライフスタイルや行動様式では同じということも十分ありうる。
 つまり、顧客を年齢でセグメントするという考え方が必ずしも適切ではないケースが少なくないのである。今回の施設づくりにおいては、イメージターゲットの層に確実に支持されるものであれば、同じマインドをもった他の年代の人たちにも受け入れられるだろうと考えている。

 現在の25~35歳の女性層の特質についてみてみると、裕福な時代のなかで大切に育てられてきた世代であるため、モノを見る確かな目をもっている。みんなが同じ方向に向いてしまいやすいという傾向はあるものの、そのなかで自分らしさや多様性へのこだわりを求める。

 したがって、マッサージやエステでも、いかに多様なものを用意できるか、選択肢をふやせるかということが課題となった。たとえばマッサージではスタンダードなボディケア、台湾式、タイ式、アカスリ、エステ、フットマッサージなどバリエーション豊かなメニューを揃え、そこから自由にチョイスできる「フードコート」ならぬ「マッサージコート」という コンセプトを採っている。
 同様に化粧品やシャンプーなどのアメニティも施設側のお仕着せではなく、それぞれの顧客が選べるように、資生堂やカネボウなど大手化粧品メーカーとのタイアップにより豊 富な品揃えを行なった。

 また女性用のパウダーコーナーには、さまざまなタイプのブースを設けた。男性用は機能的でさえあれば許容されるが、女性の場合には「パウダーコーナーにいる」ということそれ自体が至福の時間になる。男性では考えられないことだが、女性の場合、パウダーコーナーで飲み物を飲みながらゆっくり過ごすということもある。
 プランニングではそうした女性ならではの行動を強く意識した。その結果、化粧を整えるという機能面だけでなく、居場所としても快適さを重視することとなった。

 「癒し」「リラクセーション」をアピールするとき、従来は緊張からの解放ということを画一的に捕らえプランニングする傾向にあったが、ここではもう少し多面的なアプローチをこころがけた。
 きわめて象徴的な一例をご紹介すると、癒されたいときに聴きたい音楽は何かというある調査のアンケート結果である。トップは「テンポのよい明るい音楽」という答えで、なんと全体の44%を占めた。これに対して、一般に癒し音楽と考えられているピアノ音楽は16%、ヒーリング音楽は 13%にとどまった。

 この例に見られるように、われわれの固定観念は必ずしも今のニーズには当てはまらないことが少なくない。つまり旧来の施設は、必ずしもわれわれがイメージターゲットとする層に支持されるような施設ではなかったのではないか。固定観念で考えるのではなく、ターゲットの実態に迫り、その人たちの真のニーズに基づき、支持されるような施設をつくるこ とが大切だということを実感しながらプランニングを進めた。

■ソフトとその提供のプロセスが女性客の支持を左右

 Spa Laqua 開発にあたっては、「健康ランドをつくらない」「テーマパークにしない」「唯一性をもたせる」ということをキーワードとした。
 われわれがイメージターゲットにしている女性たちは、「健康ランド」というと自分たちが行く場所とはあまり思ってもらえない。一般的に「サウナ」というと駅前歓楽街にあるサウナのイメージがあり、なかなか気軽にサウナに行こうという気にならないが、それと同様の心理である。

 しかし若い女性は、健康ランドには行かないが、温泉には好んで行く。もちろんマッサージにもエステにもいく。つまり、現在の温浴施設がもっている機能自体が、いまの若い女性たちに否定されているわけではないと考える。ただ「表現の仕方」が違っていると、受け入れてもらえないということである。これからは提供する側が表現の仕方を誤らないということが特に重要になってくる。

 あえて「テーマパーク」という切り口にしなかったのは、ある特定のテーマを設けてしまうとそれに縛られて、必要とする機能や顧客ニーズさえも捨てられてしまうからである。もちろん癒されるということの一つとして、テーマパークに行くということもある。しかし、われわれが追い求めているものは、日常の中でどう癒されるかということであり、飽きのくる場であってはいけない。

 ただし、そのことは、施設が日常的でいいということを意味するわけではない。温泉の人気は、いまいるところから異なるところに出掛けるという転地行動から始まって、自然豊かな環境に包まれるなど様々な要因に依っており、それらの要因が一体となって温泉に行くという楽しみや癒しが成り立っているのである。

 しかし東京ドームシティで、自然の中の温泉と同じものは再現できないし、意味もない。そこで、いかに都心の日常の中で心を解き放つことができるかということを考えた。その結果、空間の表現としては中世ヨーロッパをイメージした。

 癒しということを考えたとき、古過ぎもせず新し過ぎもせず人々の記憶の範囲内にあるノスタルジックなものがふさわしい。しかし、ノスタルジックということで「和風」にしてしまうと、現代の若い女性の意識とズレてくる。 清潔感、安心感というものを考え、同時に心安らぐノスタルジックなものとは何かを考えて、「中世ヨーロッパ」のイメージを採用した。ただし中世ヨーロッパのある特定の場所を厳密に再現するというようなテーマパーク的なつくり方ではなく、あくまでもその「雰囲気」 を表現するというやり方である。
 もっともこうしたテーマ設定自体、われわれにとっては隠しのテーマのようなもので、表に出す性格のものではなく、重要なのは利用者の気持ちに沿った空間をつくることなのである。われわれの隠しテーマは南仏の田舎だが、お客様は南国のリゾート、あるいはバリ島を連想するかも知れない。われわれがテーマを表に出さない理由は、まさしくそこにある。

 新しい施設に求められるものは、ハード面だけではない。いまの女性にとって癒しを得るうえで重要な要素となるのは、マッサージをはじめとしたボディケアである。各種アンケートやヒヤリング調査の結果にも、エステやネイルも含めてボディケアをしてもらう際に癒 されていると感じるという答えが多かった。

 マッサージに関して言えば、男性はいかにコリや疲れに効果があるかという結果を重視するが、女性は、その空間に身をおいていること、トレーナーの接客態度などプロセスに重点がおかれる。ハードをいくら作り込んでもその点が抜け落ちていると支持されないということになる。したがって、どれだけスタッフ教育ができるのかというソフトの部分も重要になる。

■選択可能な多様性と付加価値の集積がリピートを生む

 今回の施設づくりで、もう一つの重要な要素となっているのが飲食である。近年、OLの「おじさん化」の進行が指摘されるが、例えば以前に比べ居酒屋などは、女性にとってはるかに気軽に利用できるものになってきている。そこでSpa Laqua内の飲食については、「女性に好まれる居酒屋」を目指した施設づくりを行なっている。

 混雑する時間帯になるべく多くの客を収容したいという事業的な視点からすると、健康ランドの大広間のような空間が最も効率的ではあるが、それでは若い女性の支持は得られ ない。そこでSpa Laquaでは、飲食エリアの中をさまざまな要素をもったゾーンに細分化した。

 基本的には同じ空間はつくらないこととしバリエーション豊かな小部屋を多く用意し、顧客に選ぶ楽しさを提供できるようにしている。隠れ家的に使えるような場、カップルがドームの夜景を楽しみながら食事ができる場、ちょっと変わった雰囲気の場というように多様な空間となっている。

 またメニューとしてはお酒や本格的な日本食が楽しめる居酒屋的なもの、炭火焼、そして韓国料理と大きく三つの内容になっている。食事というのは癒しの大きな要素であるが、最近の女性は、その店舗で「癒されるかどうか」を選択の際の重要なポイントとしている。つまり料理の質も大事だが、店のしつらえ、さらには接客態度が極めて重要になっている。スパ施設は、「温浴」「マッサージ」「飲食」が三大要素ということになるが、飲食は顧客にとって楽しみの大きな要素であると同時に、事業採算の上でも大事な要素となる。

 Spa Laquaの入館料は 2,300円(消費税、入湯税別)である。入館料は事業の根幹をなす収益の基本部分であるが、その価格設定については、OLたちが持っている温泉施設の料金相場観と、日常的にリピート利用が可能な上限額を探りながら到達した。他のサービスについては、入館されたお客様が価値があると判断したものについて、それぞれの料金を払っ てサービスを受けるということになる。

 ところでイメージターゲットとする女性層に対して、どのような接客をすればいいかというと明快な答えは出にくい。同じ人がその日の気分で、まるで逆の受け止め方をしたりするのがこの層の特質だからだ。また、変化が大きく、この方向なら間違いないと単純に言えない時代でもあり、施設を運営しながら手探りで正解を探していく努力が必要となっている。

 はっきりしているのは、ターゲットとする女性層は、価値のないものには安くてもお金を使わないし、逆に自分のためになると判断したことには積極的に支払うということである。
 したがって、提供者側としては一つひとつのものをきちんとつくっていくことが大切で、単に機能があるというだけでは評価されない。機能に対するプラスアルファが大切で、小さい部分であってもその集積が評価されるというところがある。そうした配慮を欠いたものは、1回で見抜かれ、2度と足を運んでもらえない可能性も少なくない。

 その日の気分にあった居場所をどう用意してあげるかということも重要になってくる。
その意味で事業の効率性だけではなく、施設の多様性が求められているのであり、施設の奥深さがリピートを生む大きな要因となる。
 環境づくりにおいても、一歩進むたびにシーンが変わるというような演出も必要で、今回 の施設では「迷路性」という要素も積極的に盛り込んでいる。

 ターゲットとする女性層は、ある意味で非常に「移り気な人たち」でもある。したがって都市型リラクセーション施設においては、彼女たちの身体や心を守りメンテナンスするために必要と感じてもらえるだけの”本物”のハードとソフトを常に維持し続けることが求められている。